マイクロライブラリー はじめ文庫の本棚から 第55冊目
『面白南極料理人』 西村 淳著 新潮文庫
先日ライブハウスで、ロックや和洋ポップやらの音楽に混じって、鏡の国のアリスのような詩など朗読して、もっと鏡のことを知りたいと思い、本棚から「鏡」の字が入った本を見つけて読み出しましたが、ページをめくると、それこそ鏡の裏側に行ったみたいに、分かったり分からなくなったり、向こうに見えてるものが、どんどん遠くなったりで、こんな難しい本を読み続けてはいけないと、中止しまして、また別の棚の前で、窓の外を眺めていましたら、この本が目の前にあらわれました。
『面白南極料理人』 西村 淳 著 新潮文庫
タイトルに面白とありますが、軽くありません。南極大陸の観測基地で越冬した9人の観測隊員の生活を書いた、重く広く荒い面白い本です。
所は、海側の昭和基地から内陸に1500km入った、標高3800m、白、白、白の大雪原です。気温は平均マイナス57℃、最低気温はマイナス79.7℃、酸素は下界に比べて2割少ない。このもっとも過酷な観測地帯に立つ基地、大雪原の小さな家、ここが観測拠点『ドーム基地」です。
観測隊は気象庁や大学から参加した、雪氷や大気や気象の研究者と、医者、通信・機械・パソコンの達人、自動車企業の機械担当者、海上保安庁から調理担当者の、サポート隊員からなっています。総勢9人が、何をするにも観測から土方まで、総員で作業になります。
人が集まれば、それぞれ個性があります。無口、おしゃべり、大酒飲み、風呂嫌い、人の言うことを聞かない、寒さに弱い、涙もろい、荒い、広島カープのファンなどが、一緒に1年間生活するのです。内部分裂寸前になっても、毎日の生活を駆使し楽しみ、笑いを絶やさず越冬したおじさんたちの人間模様、ワンダーワールドが、目の前に写し出されてきます。
ソフトボール大会をした日があります。総勢9名が4名づつに分かれ1人は審判。3回で最終回です。格好は羽毛服に防寒ミトン、低温用防寒ブーツと言う重装備です。見える姿は、布団を巻きつけた体に、重しの入った下駄を履いて、両手は軍手の上にオーブン用のミトンを重ねた、そんな姿かたちで、ゴロはひたすら上から押さえる。状況は、ボールは凍りついてカチカチ、金属バットは、球が当たるとへこむか折れるかヒビが入ったとか。
暖房の燃料は火災になった時の類焼を防ぐために、150m離れたところに備蓄していて、車両で建物の近くまで運ぶのですが、雪上車もブルドーザーも、全車両固く凍りついてしまったことがありました。現場では何が起こるかわからない。みな落ち込んでいました。しかしボソッとつぶやいた誰かの一言が、そんなことできるわけないと却下されながらも、人力で燃料を建物まで運ぶことになりました。気温マイナス70℃、風速10m/s、低酸素の中、それぞれがドラム缶をずりずりと転がして運んだのです。冷凍保存状態になるのをまぬがれました。
この時の夕食は、「二泊3日鍋」というもので、余ったものを次に利用するものでしたが、美味しすぎてみな平らげてしまった。
調理担当の著者は、その日の当番の隊員と食事の用意をします。ひとつ仕事が終わるたびに、あるいは隊員の誕生日には必ずパーティをすることを、自分のテーマにしています。最初の大仕事だった大気観測棟を落成した時には、バラちらし寿司とあんこう鍋。すし酢の上に醤油と酒に漬け込んだマグロ、カツオ、湯にさっとくぐらせて二杯酢に漬け込んだ冷凍あさり、タコ、生帆立貝、ホッキ貝、イカ、甘エビをたっぷりと乗せ、キャビアとウニをトッピングにして、冷凍絹さやを彩りにしたもの。アンコウ鍋は、一番うまいところの肝臓や皮やプルプルの頭や骨の周りの肉だけがなぜか無くて、切り身だけではしらたきだけのすき焼きみたいになったので、さっそく鍋改造しています。コチュジャンと豆板醤を加え、ポン酢を投入、めんつゆで下味をつけごま油を入れて、どど辛いうまい鍋に変身です。みんなの好きな食べ物をつかみながら、あらゆる食材を自由自在に使いこなす料理人になっていきました。
面白い話は、他にもいっぱい。
田崎 敬子
はじめ文庫(マイクロライブラリー)は、毎月第3土曜日曜12:00-18:00 オープンしています。
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