はじめ文庫の本棚から5冊目
「峠をこえた魚」 神崎宣武著 1985 福音館書店
この本を読み終えたあと、なんだか幸せな気分になりました。底のほうで、静かな温かいものが揺らいでる感じです。本自体は島根県の海辺の町から、峠(県境)を越えて中国山地の山中に、魚を運ぶ行商のおばあさんに同行した話です。特に目立った面白い話があるわけでもなく、しかしおばあさん一人ひとりが生きてきた道、苦も楽もみな、川を流れていくように、風に吹きやられるように、静かに自分の魂の奥に収めている、そんなふうに生きていると思って感動したのです。
昔の話ですが、夫と二人お酒を呑みながら、派手な喧嘩になった話題があります。この喧嘩は何日も続いてあまりに悔しかったので話した人もありますが、お酒も二人でけっこう入り、話も愉快に良い気分になった頃、私は、子どもの頃は、サバの刺身を食べていたと、口にしました。すると夫が、「そんなはずはない、サバの刺身なんか食べるはずがない」と言うので、「だって食べたもん。うちの町ではみな、サバの刺身を食べよった」と、返しました。私の田舎は、海から離れた山合いの小さな町なのです。すると今度は「それはサバじゃないだろう、別の魚だ」と言って、全然私の話を聞きません。私も夫の話を全く信じません。二人とも興奮して、夫は日本海の海流まで出してくるし、私は食べたものは食べたんだと譲りませんでした。
その同じ展開が、そのあと数回繰り返され、私はちょうど田舎の同窓会があったので、「昔、サバの刺身って食べた?」と聞いてみると、「ああ、食べたよ」と何の問題もない答えに、また力を得て安心していました。しばらくサバという言葉は禁句でしたが、ある日、娘が元気に部屋から出てきて、「ねえねえ、釣りキチ三平(味平だったかな?)に、日本海でサバの刺身食べてるのが載ってる!」と叫びました。夫は娘が示したページをちらと覗き込みましたが、「そんなはずはねえ」とつぶやき、再び三たびまたサバ喧嘩がはじまり、助け舟を出した娘も困ってしまいました。
この本はですから、それ以降買ったものですが、間違えてまた買って2冊になっておりました。
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